NEWSとは東西南北のイニシャルであるが、こちらの東西、宮崎県の東知事も日本郵政の西川社長もぱたりとメディアから消えてしまった。
このように刹那的な報道をするマスコミを叩くのは容易であるが、翻って、ニュースというか報道の受け手であるわれわれ自身も冷静に見つめてみたい。
しょせん、報道といっても商業報道であり、いかに視聴者に受け入れられるものを放送するかを日夜考えて報道マーケット努力はしているのであろう。
そうであるとすれば、東問題や西川問題をあれほどまでに放送するのは、われわれ視聴者が望んでいるからとも言えよう。
つまり、そのような報道需要があるから報道供給もあると言える。
報道をマーケッティング的にみて、時間帯別に客層をセグメントしていくと、昼の時間帯は年配の主婦層と年金生活者であり、夕方は主に子供層であり、夜間は全年齢層、深夜は若者層が中心である。
昼の時間帯は年配の主婦と年寄りが中心で、ワイドショウの中心的視聴者層である。
これらに先の二人を併せてみるとおよそ視聴者レベルがわかってくる。
ともかく、マスコミは刹那的で変節漢であることを肝に命じてはおこう。
なお、証券売買の世界では変動幅(ボラティリティ)の高低がよく言われるが、政治の世界でもボラティリティが極端に変動するのはどうかと思う。
4年前を思いだすと、郵政民営化で小泉自民は圧倒的な勝利を収めたが、今回はどうも与野党逆転のようであり、圧倒的に民主党勝利のようだが、はたしてそれでよいのだろうか。


by にゃめ
おーい人権屋、言論の自由屋や…